この季節になるといつも思い出す。あなたと過ごした日々を―





―ほんの少し…―





私は、ある病気で入院していた。何の病気かはわからない。

それは…周りの人たちが教えてくれなかったから。



きっと、不治の病といわれるものだったのだろう。様子で伺えた。



私は二人部屋に入院していた。

隣の人は近寄りがたい人だった。だけど、どこか引かれた。



その人も何かの病気だったけど、私は何の病気か知らなかった。



だけど、それでもいいと思った。



私には別に知る必要もなかったし、知る権利もなかったから。

…でも、本当は、少しだけ…彼のことを知りたかったのだけれど。





そんな日々を過ごしている間に、私と彼は結構仲良くなっていった。

いつもいつも知り合いがくるわけじゃないから、一緒に話した。そのうちに仲良くなった。



そして、彼のことをいろいろ知った。彼が無愛想なのは照れ屋だからということも…

私は病に蝕まれながらもそんな日々に幸せを感じていた。





何ヶ月か経ち、私は奇跡的に回復していった。



理由はわからなかった。だけど、私の病はだんだん良くなっていった





そのことを彼は「よ…よかったな」と、目をそむけて言った。

彼が目をそむけるのは照れている証拠だから。



私はとても嬉しくて、涙が出そうで、彼の言葉でこんなに幸せになれるんだ

と、あらためて感じた。







そしてある日、私は退院できることになった。

彼と別れるのは寂しかった。辛かった。



だけど、回復した以上もう此処にはいられない。





「あの…私もうすぐ退院するんだ…」



「そう、それで?」



そう言った彼の言葉はあまりにも冷たくて、私は言葉を失ってしまった。



彼の様子よりも言葉にの冷たさに気がいって、



彼が目をそらしていることにも、声が、心なしかかすれていることにも。



あの時、私は気づかなかったんだ…





とっさに病室を飛び出して、夢中で走った。



―彼にとって、私はそんなどうでもいい存在でしかなかったの?

彼の優しい言葉もただの気まぐれ?居なくなったってなんとも思わないんだ―



「お前が居なくなって寂しい」なんて言って貰えると期待していたわけじゃない。

ましてや「行って欲しくない」なんて言って貰えるとも思っていない。



…だけど。



少しでも、そんなそぶりが見えやしないかと。

少しでも、そんな風なことを言ってはくれないかと。



知らない間に期待している自分がいて。



そうでなくても、喜んでくれるんじゃないかって思っていたから…



とても傷ついて。 悲しくて。





涙を堪え切れなかった。





そして…私は無事、退院した。

それからは学校に通って、遊んで、入院する前の生活となんら変わりはなかった

彼のことは気になったし、なんであんな別れ方になってしまったのだろう

と後悔して会いたくなったけれど。



「行って嫌な顔をされるなら、行かないほうが良い」そう思った。



…勝手な考えだった。だけど私はこれ以上傷つくのが怖くて、逃げ出して。



ちっぽけで弱くてやりきれなくて。



つらくてたまらない思いを友達と一緒に居ることで忘れようとした。



だけどそんなことできなくて。





毎日は…止まることなく過ぎていった。





…そんな時だった。学校に電話がかかってきたのは。



「五十嵐由美さんですね。小林達也さんが重態なのです。いまから病院に来て頂けないでしょうか?」



その電話の内容に私は居ても経っても居られなかった。





私は走った。もう夢中で。 学校なんてどうでも良かった。



ただ、「彼が死んでしまう」という思いでいっぱいだった。



失いそうになって、改めてわかった気持ち



「好き」という気持ちを。



彼に…どうしても…伝えたくて…





ただただ必死で。 闇雲に走って。 もうどうやってきたのかもわからなくて。



だけど会いたくてたまらなくて、伝えたくて―



病院についても、焦る気持ちは落ち着かなくて。



おぼろげな記憶を頼りに、私の…前入院していた病室に、駆け込んだ



「先生!達也さんは!達也さんはっ!」

「由美さんですか、二人で話をしたいそうなので、私たちは出て行きます。」

「えっ…先生?…」「重態ですが…意識はまだあります。」



バタン そういって先生は出て行った。

表情から、本当に重態なのだ。ということがわかってやりきれなかった。



「来てくれたのか…来てくれないかと…」

「くるよ…いつでも呼べば来るからっ…だからっ…だから置いて行かないでっ」

「うるさい。お前がそんなこと言ってたら、気がかりでいけないだろ」



「だって…」その言葉をさえぎるように彼は続けた。



「前…あんな風に言ってごめんな。本当はそんな風に言うつもりなかった。

素直に喜んでやりたかったし、優しい言葉もかけてやりたかった。

でもそう言ってないと…俺が引き止めてしまいそうで…

お前が直ったのは…嬉しいことなのに…離れていってしまうことが悲しくて。

でも引き止めるなんてできなくて。だからあんな風に言ってしまったけど…

後から…すっごく後悔して、今も来てくれないんじゃないかって。

そしたら本当に一人で逝かなくちゃならないって怖かった。」



そう途切れ途切れに言った彼は視線をそらさず、じっと私を見つめた。



「そんなの…そんなのかまわない…私はっ…私は離れるのがいやで…

私だけが…辛いんじゃないかって思って…。引き止めるのなんてかまわないよ!

私は…傍にいたかった…」



そう言うと彼は、優しく…優しく微笑んで、



「ずっと好きだったんだ」と…そう言った。



その言葉で…私の頬に何粒もの雫が、ぽたり、ぽたりと流れ落ちていった。

彼は「泣くなよ、」と頬をさすったけれど。



私の涙は止まらずに、ずっと…ずっと流れ続けて…



彼は困った顔をして私を見ていたけれど



もう何も言わなかった。



「まったく…泣き虫なんだな…うっ…ごほっ」

「達也!?達也!?いま…先生を…」





「先生!先生!達也が…」 



「なに!今すぐ手当てを!おい!はやく!」 「はい!」

そして急いで部屋に向かう   



そこには…小さな、血だまりがみえた。



「達也!達也!」

「叫ぶなよ。もう…俺は死ぬ。だから…だから聞いて欲しいんだ。」



「最後なんかじゃないよ!達也は!達也はこれからも生きるの!

もっと一緒にいたいよっ…お願い!行かないでよっ

私は…達也のことが好きなのに…やっと想いが通じたのに…こんなのってないよっ…」



「そんなこと言わずに…聞いて…俺は…お前が…ずっと好きだった。

そしてこれからも、ずっと…好きだから。いつでも…そばにいるから。だから悲しむな。

早く…俺のことは忘れて…幸せになって…でも…ほんの少しでいいから覚えていて。

たまに…思い出すだけでいいから…」



「いやだよっ私は…忘れるなんてできない!ずっと…ずっと覚えている…

少しでいいなんて言わないで!私はっ…私はっ…」



―好きなんだよ…達也のことを…



「幸せになるんだよ!俺なんか忘れて…俺なんかの為に自分の幸せを捨てるな!

頼むから…頼むからどうか…」



「でも…でも!」



「願いを…聞いてくれるか?」 彼の言葉に、私は黙って頷いた。



「俺の…俺の分まで…生きて…生きて欲しいんだ。そして幸せになる。それが…俺の願い。約束して。」



「わかった…わかったよ…生きる。達也の分も生きるから…!
そして…幸せになるから…約束するから!」  



わたしは、泣きながら彼にいった。



彼は優しく微笑んで



「いつでも、傍に居るから。幸せになれよ…由美」と、そう言った。





初めて…初めて…私の名前を呼んで、





そして、儚く…彼の命は散っていった。





最後に名前を呼ぶなんて反則だと。置いて逝ってしまうなんてずるいと。



私は何度思ったことだろう。





―――――――あれから、もう3年になる。



この季節になると、いつも…思い出して辛くなるけど、



彼がいつも傍に居ることが感じられて、早々泣いてもいられない。



私が泣くと、風が優しく吹いて、彼が泣くなといっているのだとわかるから。





これからも、ずっと…この命が尽きるまで、私は…生き続けよう。



彼と過ごしたほんの少しの日々と



彼にもらったたくさんの想いとともに



彼との最後の約束を。ずっと守って。





でも…ね?  たまに泣きたくなるんだ。やっぱり。



だから、ほんの少しだけ 今は泣かしてね?



風が…そっと吹いていく。



その時「まったく、今だけだからな…」と、彼の声が、聞こえたような気がした―







今だけ…ほんの少し…










後書き
めずらしく、かなりの長文です。
続き物にした方が良いのでは?というくらい…
ホームページをもっていなかった頃に、配布元サイト様へ投稿させて頂きました。
かなり未熟な文ですけれども…

結構古いものです